🌸わがんせ

わがんせ

「わがんせ」って聞いたことありますか?「和顔施」って書きます。和やかな顔を(相手に)施すってやつです。好きな相手には出来ても、嫌いな人には難しいですよね。特にケンカばかりする折りの合わない人とか、、親や兄弟姉妹、配偶者とか、遠慮がないだけ難しいですよね。

 25年以上前、私は和顔施が、夫にできませんでした。夫と輸入卸会社を始めて、子育ても始まり、睡眠時間の取れない毎日が続きました。根本的に折り合えない、主義主張が違う彼が家に帰ってくると、もうケンカもしたくないので、ドアの鍵を開ける音が聞こえると、「チッ」と自然に舌打ちが出ました。

 とある人に、「形だけでいいから、『おかえり』とニッコリしてごらん。急に心までニッコリは出来なくても2年も形だけでもやっていたら、やがて心もついてきて本物になるよ」と言われ、実践しました。

 やってみると、もともと単純な私は、5日位でニッコリと形はできるようになりました。

 彼は不審がり、私にニッコリされるので、ゾッとした顔をしていました。敵対こそしませんが、彼は心の鎧戸を全部閉め切り、ひと月ほど私の様子を見ていました。

 猜疑心が強い、だがやはり単純な彼は、やがて私にニッコリと近寄るようになりました。

 今思えば、彼は今も昔も変わらない人間で、私がクルクルと彼の周りを回り続ける衛星だっただけなのかもしれません。

 そんなご夫婦、私のまわりにもいらっしゃいます。

 和顔施で、彼の鎧戸がちょっと開いて風通しがよくなった頃、真冬で車のフロントガラスに霜が張る日が続いていました。

 私は熱めのぬるま湯をヤカンに入れ、サッシを開けて彼に渡すと、彼はフロントガラスにぬるま湯をかけて氷を溶かしていました。

 彼が「お湯余ったよ」と叫んだので、私も「じゃあ私の車にもかけておいて」と叫び返しました。

「優しいとこあるじゃん」

そう思ったのも束の間、

彼は「玲子!」と叫び、ヤカンをひっくり返して残り湯を地面に捨てたのでした。

 その晩帰宅した彼に和顔施したかは、ご想像にお任せします。

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